2009年10月6日火曜日

パルミラ (12)

僕と彼女は、時間を惜しむように、その後、近くの小さなレストランで夕食を取り、それから少し歩いて、大分遅い時間まで、街角のカフェでコーヒーを飲んでいた。そしてその後、ペンションに戻ってからも、僕らはしばらくロビーで話し込んでいた。翌日の彼女の飛行機は、朝大分早い時間だったが、彼女は出来る限り起きていてくれた。そして夜半も過ぎ、いい加減、明日の行動に差し支えるという時間になって彼女はようやく、ロビーのソファーから立ち上がり、明日はたぶん会う暇がないだろうからと、お休みとさよならを一緒に言って下がった。

僕は彼女が部屋に戻ってからも、頭の後ろに手を組んで、しばらくソファーに座っていた。向かいのソファーには、先ほどまで彼女の座っていたかたちに窪んでいて、僕ままだ、彼女と向かい合っているような、不思議な高揚感を感じていた。僕は何度となく触れた、彼女の指先の感覚を思い出していた。そして、鼻先で微笑む彼女の大きな笑顔を思い出した。
思わず浮かんでくる笑みを堪えながら、ふと時計を見れば、いい加減、僕も寝なくてはいけない時間になっていた。僕は、後ろ髪引かれる思いを感じながら、そっとソファーから腰を上げ、自分の部屋に戻った。

僕の部屋の扉を開けると、既にカーテンが引かれていて、部屋の中は真っ暗だった。廊下の明かりが一本の筋のように部屋の中に入り込んだ。僕は、その光りの先に視線を感じて、思わず眉をひそめた。
それは、僕のパルミラだった。

僕のパルミラは、旅行の初日、調子を悪くして部屋の隅に置かれたままの状態で、それから三日間放置されていた。あの時と同じ、虚空を見据えたまま、その瞳は、廊下から差し込む光をうつろに反射していた。

僕は暗闇に浮かぶこのロボットが、始めて気持ちの悪い物であると感じた。
こんな物を毎日連れ歩いていた自分が信じられなくなりそうだった。この自分の心境の変化には、僕自身、戸惑っている部分もあったが、僕はその時、この心理こそが普通なのだと、固く信じていた。おそらくは街のストレスの多い孤独な生活の中にいると、人間の心は矮小化し、こうしたロボットの助けを借りなくては自分の心の平静を保てなくなるのだろうと僕は思った。

僕は部屋の明かりを付け、この気味の悪い模造物の身体を180度回して、壁の方に向けた。
中途半端な姿勢で固まっていたパルミラは、その時足を交互に動かして、従順に壁の方を向いた。人間の子供なら、絶対に壁を見たまま静止することはないだろう。その不格好で、悲しく、薄気味悪い後ろ姿を見ながら、僕は眠れる気がしなかった。僕はベッドの枕の位置を逆にし、パルミラの方に足が向くようにした。そして、それでも消えない人間の気配に背を向け、部屋を暗くして、壁を見つめて眠った。