2009年1月18日日曜日

『ロール・プレイ』 12

彼女の連れて行ってくれた店は、大学のそばの居酒屋風の飲み屋だった。
「男の人と入る店としては、ダメダメな選択なんでしょうけれど、」
彼女は屈託無く笑った。「私は、こういうところの方が、落ち着くもので」

二人して座敷に上がると、店の人が注文を取りに来た。
二人とも迷わず、「生」と注文した。

渡された熱いおしぼりで手を拭いていると、さっきまでの緊張がとけ、気持ちが次第に楽になるのを感じた。
「なんだか、初対面のような気がしなくなりますよね、こうして居酒屋で向かい合っていると」彼女も僕と同じ気分なのか、そんなことを言った。

「ええ、不思議と。バーや、おしゃれなお店だったら、こうはいかないかなあ」
「初対面の女の子と、二人でお酒飲んでるって構図ですもんね。こういう時、男の人が頼むのは大抵、ウィスキーのロックみたいな強めのお酒で…、」
「女の人なら、ワインか、カクテル」

「普段あんまり飲まないようなお酒を、いつも飲んでいるような顔をして飲むんでしょう?…そんなの、どうかしてる」彼女はあきれたような表情をした。
「むしろそう言うところでも、ちゃんと変わらず、ビールを頼めるくらいの方が、立派だと思うけど」
「ビールって、実はおしゃれなお酒だと思うんですけどね」
僕がそう言うと、彼女は、そうそう、と相槌を入れた。
「細身のグラスに注ぐと、実は結構、エレガントですよね。...祐介さんも、実は、結構、お酒のみ?」
彼女は、にやりと笑った。
「...え?ええ、人並みには」
はは、と声を上げて笑った。「安心した」
彼女は座を崩した。

「今、さっきの大学の看護学科にいるんですけど、女の子が多いせいか、お酒をこういう、砕けた雰囲気で飲めることがなかなか少なくて…」
「そうなんですか。...真樹さんって、結構豪快な人なんですね。なんて言うか、僕なんかより、よっぽど男気がありますよ」
彼女はそれを聞いて笑った。
「よく、言われます。特に朱音に。そこがだめだって。でも、もちろん、みんなに見せるわけでは無いですよ」
真樹さんははずかしそうに笑った。
「祐介さんには、もう私の一番恥ずかしいところを見られてしまったから、怖いものは無いですから」

運ばれてきた中ジョッキを持って乾杯した。
「乾杯!...出会わせてくれた、朱音に」
「乾杯!」
真樹さんは、並々とつがれたビールをおいしそうに、喉を鳴らして飲んだ。
相当喉が渇いていたらしく、一度に半分ほどを飲んでしまった。

僕もさすがに、女の人に負けるわけにも行かず、普段はあまり威勢良く飲む方ではないのだけれど、真樹さんと同じ位の量を飲んだ。

そうしているうちに僕らは次第にうち解けてきた。
正直、女の人と、こういうかたちでうち解けたのは初めてだった。

「祐介は、朱音とどういう知り合いなの?」
ほどよく酔いが回ってきた頃、彼女は僕にそう聞いた。
「大学の同級生の、妹。最近まで会ったことはなかったんだけど...」
僕は日比野と、あのメイドカフェを訪れた時の経緯を話した。
彼女はそれを聞いておなかを抱えて笑っていた。
「ははっ!、それはびっくりしたでしょ。あなたもだけど、そのお兄さんの方が」
「すっかり、へこんじゃってた。おかげで彼の妹の愚痴を、さんざん聞かされて」僕は思い出して笑ってしまった。

「でも、朱音を見た時、正直どう思った?」
いたずらっ子のように、愛くるしい瞳を爛々と輝かせて、彼女は僕の表情をのぞき込んでいた。ポロシャツの外れたボタンの間から、偶然、彼女の胸元が見えた。僕は彼女の女性を意識してしまって、どきりとした。
「...かわいいと思った?」彼女はまだ、同じ姿勢で僕の顔を覗き込んでいる。
僕は何も言えず、頷いた。
「….あの日比野の妹でなかったら、すぐに告ってたかも」
気持ちを落ち着けて、どうにか、そう答えた。

「だよね。やっぱりかわいいよね、あの子」
彼女は、姿勢を元に戻して言った。「何で、あんなにかわいいんだろう」
「女の人から見ても、やっぱりそう思う?」「もちろん!」
彼女はさも当然、と言うように答えた。
「かわいい。あの子は。あの子のメイド姿を見た時は、私まで萌え萌えしちゃったくらい。…なんか、抱きしめたくなっちゃうよね」
彼女は切ない表情を浮かべて、自分の胸を抱くようなしぐさをした。
「あの子と一緒にずっと、ずっと過ごせたら、きっと幸せ…、だろうなって思うもの」そう言いながら、彼女は笑みを浮かべてジョッキを傾けた。

彼女と僕は結局、軽く飲んでご飯を食べる予定が、夜中までそのまま飲み続けてしまった。ビールが焼酎になり、水割りがロックになるまで、それほど時間はかからなかった。

「じゃあ、これで。」店の勘定を割り勘で済ませた後、彼女が言った。
「また、飲みましょう。祐介とはまた、飲みたい」
「僕も!」
お互いにもう、相当酔っていたが、何とかアドレスを交換した。
彼女の家はそこから近いと言うことで、送る必要はない、と言うことだった。
僕は店の前から、彼女の後姿を見送った。

彼女の姿が、大学前のアパート群の方向に消えていったのを見届けた後、すっかり暗くなった道を、僕は一人で帰った。

心の中で、今日の予想以上に上首尾な展開に驚きながらも、憧れた子と仲良くなれたという単純な喜びの味を噛みしめていた。

「村瀬、真樹さん、か」