2009年1月18日日曜日

『ロール・プレイ』 14

こんなことがあった。

あれは付き合い始めてどれくらいたった頃のことだろう。
彼女と、初めてセックスした時のことだ。

僕の体が彼女の体に近づき、覆いかぶさろうとした刹那、彼女は不思議なものを見るような眼で、僕の顔を見つめていた。女の人が、こういうとき男の顔を見つめることはあることだと思うけれど、僕には何だか、その時の彼女の、新しい発見にでも出くわしたような表情が気になった。

一通りのことが終わった後、僕はそのことを思い出した。隣の彼女に、あの時、一体何を考えていたのか聞いてみた。

「『会話』だなって、思った」彼女は言った。
「会話?」彼女の口から意外な答えが返ってきたので、僕は驚いた。
「そう。セックスってね、たとえば男の人がちょっかいを出し始めるでしょ?」

彼女は暗闇の中で、僕の目をまっすぐ見て話し始めた。薄暗がりの部屋の中で、残光のようなグローランプの光を反射して、彼女の瞳はほのかに、火を灯したような輝きを宿している。

「すると女の人が反応するよね。今日の私は、なんだか恥ずかしがってしまったけど。….でね、それを見ると、男の人はまた次の対応をとる。...あなたは、私の背中をくすぐったっけ」
自分の欲求に突き動かされた、あまり意識的ではない行動を、詳しく彼女に再現されて、僕はずいぶん恥ずかしい思いをした。女の人が意外と冷静なのに驚いた。

「こうやって、二人の間のやり取りがあって、セックスってキャッチボールみたいに進んで行くんだなって、ふと思った。….まるで、お互いの身体で会話しているみたいに。」

それは僕に、彼女と一緒に見た動物番組に出ていた、南国の鳥に住む鳥の果敢で複雑な求愛ダンスを思い出させた。オス鳥の真剣な表情とその最中の自分の表情とを重ね合わせ、僕は思わず苦笑せずにはいられなかった。

「でも、」彼女は続けた。
「...今、あなたに話しながら思ったんだけど、じゃあ、もし、女の人の反応を、完全に再現できるロボットがあったら...、男の人はそれだけで、やっぱり十分なのかな」
「それは...。」

僕は答えに詰まった。それはつまり、セックスに愛情は必要かってことなのだなと僕は理解した。

「それは、そうかもしれないな...。」
僕は自分の行動を思い返してみて、否定する自信がなかった。
「そうだよね」彼女は意外にあっさり僕の答えを受け入れた。
「いくら話しても、届かない言葉はあるものね。会話は成立しているように見えても」彼女は微笑んでいた。

「回りくどい言い方だな」僕は言ってやった。
「...確かに」
ふふ、と声に出して笑った。

「ねえ、」彼女は身体を僕に向けて、急に真面目になって尋ねた。
「あなたは、私の身体のどこが好き?」
「身体の?」
「そう、私の、身体の」

僕らの体にかかっていた毛布を手で持ち上げるようにして、彼女は自分の身体が僕によく見えるようにした。そうして、自分自身でも、自分の身体を覗き込んだ。
「教えてくれない?私にはよく、わからない。この身体の何が、あなたを興奮させるのか。…言い換えれば、ロボットには、何が必要?」
僕は再び、答えに詰まった。

「胸とか、おしりとか、そんなところが男の人にとっては魅力的なんだろうなって、思ってはいるけど、男の人と、女の人の感覚って、違うみたいでしょう?…自分の感覚とは、違うのかなって。」
「全体が、必要なんじゃないかな…」
「全体?」

「…でも、人によって違うみたいだよ。胸だけとか、足だけとか、そういう部分だけで、興奮する人もいるみたい」
「…祐介は?」
彼女はまっすぐに、僕の目を見ていた。
「祐介は、どうなの?」
僕は答えに困ってしまった。
「祐介は、私に何があるから、私を女として、興奮してくれるの?」
彼女の目は真剣だった。

「何がなくなったら、私はあなたにとっての女性ではなくなってしまうの?」